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公共交通機関について

現地滞在中は極力電車やバスなどの公共交通機関を使うようにしています。

現地の生活を直接体験することで、現地の人々が何を考えているかを五感を通して知ることができます。

クアラルンプール(KL)市内だとモノレールやLRTなど比較的本数が多く目的地までも早く着く鉄道が多いですが郊外やKLを一歩出たスランゴール州に行く際にはKTMという鉄道会社を利用します。これはかなり待ちます。

往々にして20分くらいは待ちますが長いと4、50分、時には1時間以上待たされることもあります。

中心街だと降りたすぐ目の前に目的地があったり、目的地までたどり着く手段がたくさんあるのですが、KTMで訪れる場所は駅に着いた後も一苦労で、バスか徒歩しかなく、しかも目的地は遠いことが多いです。後はタクシーくらいでした。配車サービスがすぐに広まったのもうなづけるくらいの車社会です。国産車プロトンやプロドゥアが安価で買えるのも車社会を助長させる要因でしょう。

電車の本数が少ないと電車は混み混みだと思っていましたが、ラッシュ時でも日本でいうそれなりに混んでいる状態くらいでしょうか。ぎゅうぎゅう詰めと言うほどでもなく、立っていても携帯が弄れたり本が読めたりするくらいの間隔はあります。

人の移動が車中心になっていることで渋滞が慢性的な問題となっています。渋滞や道路状況の改善のために打ち出された政策や方針は大きく分けて三つあります。

一つは鉄道網の改善であり、これは例えば郊外にある駅の数を増やすことや新たな路線を作ることなどが挙げられます。

また、鉄道網の改善に加え、既存の鉄道網をより多く利用してもらおうというもので、例えばラッシュ時に利用すると料金が半額になるものがあり、これが二つ目の政策です。

そして最後にそもそもの人の流れを減らす政策があり、これを自己充足的な街づくりと呼びます。これは1984年頃からすでに実施されてきたものであり具体的には中心街(KLのど真ん中)に加えて、中心の外側に位置する場所を四つの区域に分け、それぞれに中心区域を設定し、KL市内における中心街への一極集中を解消し、それぞれの区域で商業やビジネス、レクリエーションなどの機能を発展させ、そこに住む人々の居住区とリンクさせることで住まい・仕事・休暇・買い物などに関する生活全般の基盤を一つの区域で完結させることを目標とした政策です。そして中心街は更なる発展をし、都市の文化などを残し、マレーシア全体の発展の象徴とすることを目標としています。

しかし、実際問題今のところ一極集中は残っており、加えて現在の土地利用状況を見ると、インフラにおいては圧倒的に道路交通が利用されており、鉄道網にはほとんど使われていないことがわかります。それをカバーするために自己充足的な街づくりが目指されていますが、一極集中の状況を打破できていない現状、鉄道網の完全普及を最終目標としながら、段階的に増設する(現状でも行われていますが路線拡大だけではなく、そもそもの本数を増やすことも検討するべき)こと、そして路線網のオーバーラップをこれ以上増やさないこと、駅から出るバスの本数を増やし、例えばA社とB社の駅が重なる場合にはできる限り駅を近くに建設し、乗り換え移動の際の不便さを取り除くなど、利用者獲得に向けた案が肝要になってくるように思われます。

何にせよ、車社会のマレーシア都市部と鉄道社会の都市部、双方に学び合う部分はあるようにも感じられます。マレーシアは日本から鉄道網の敷き方からニーズに獲得、そして最終的には国民生活の基盤になるためには、を学び、日本は逆に車社会から見えること、例えば自己充足的な街づくりというコンセプトもそうですし、配車サービスに対する態度は、たとえ規制緩和を段階的に目指しながらも、タクシー業界の非効率さを解消しながら顧客の要求(例えばわずらわしいタクシー待ちや価格競争の是非など)に見合う新たな制度づくりなどを学ぶこともできると思います。

もちろん鉄道網の発展には大きな趨勢があり、単線から電気化、複線化、そして高速鉄道への到達、その背後にある狭軌や常軌といった規格の問題や土地の獲得など問題は山積みですが、東南アジアには往々にして鉄道網拡大のための可能性が広がっていると思います。

日本のインフラ輸出の未来は明るいとは断言できないですが、こうした発展段階におけるコストの問題を考慮しながら、本当に望まれているニーズを満たすとインフラ輸出の可能性が大きくなると思います。

発展とは何か、目先の利益や豪奢な建築物ばかりに目が奪われがちな発展途上国の中進国にあって、目には見えづらく、地味ではあるものの絶対に欠かせないインフラの是非を教えられました。

海外に滞在して

私は現在クアラルンプールに滞在しています。ここで普通のマレーシア国民と同じように日常生活を営むことで様々なことを教えられます。

Grab CarやUberが一例として挙げられます。マレーシアは車社会であり、公共交通機関が日本ほど発達していません。クアラルンプール市内の中心はモノレールやLRTなど各種鉄道が通っており、比較的便利ですが一歩郊外に足を運ぶと電車がなかなかこない、バス待ちに数十分かかるといったことが多々あります。

急がないときは待つことも可能ですが、用事があったり天気が急変したりといった際に早く目的地につきたいこともあります。

今まではタクシーが市民の足として多く使われていましたが最近ではGrab Carなどの配車サービスが広く受け入れられています。

アプリをダウンロードし、電話番号などを登録するとすぐに使えるようになり、あとはアプリの地図上で行き先と出発する場所を指定するだけです。料金が明確でドライバーはすぐに来てくれるというお手軽さであるため、現在利用者が急増しています。

マレーシアのタクシーを利用するのはマレーシア国民にとってもなかなか大変なもので、メーターを使わず交渉をしないといけない、交通渋滞などで行き先によってはドライバーが嫌がるといったことがあるためです。

こうした手間がなくなるのは配車サービス利用者にとっては願ったり叶ったりのこととなります。

近年GoogleNetflixといった、人工知能や情報技術を基盤とした産業が大きな躍進を見せていますが配車サービスもまたそうした潮流とうまく合致したものです。

情報のやりとりを自動化させ、地図情報などで目的地へのルートを最適化することでコストを削減し、結果として格安料金を利用者に提供する。そしてもう一つ、タクシーを利用する際の交渉やタクシー待ちといった手間を取り除くこと、これら二つが配車サービスの強みであり結果として利用者のさらなる増加や定着に繋がっていると思います。

これに対して旧来のやり方をずっと続け、未だに交渉が必要なタクシーの利用者は年々減少しています。その背景にはコストと煩わしさがあり、これらを解消しない限り苦しい状況はずっと続くでしょう。

 

http://www.freemalaysiatoday.com/category/nation/2016/03/07/taxi-drivers-worry-over-proposed-mini-taxi-service/

財やサービスが自由に取引される自由市場経済の下ではこうした競争が常に起こり、新しい産業が古い産業にとって変わりますが、あまりにも急な発展は旧来の産業に従事して来た人々をおいてきぼりにしてしまうことがあり、これに対して規制をすることがよくあります。資格や認可といった参入の障壁を設けたりすることはよく見られますが、日本ではまだまだUberなどの配車サービスは認可が下りづらい状況です。

sharing-economy-lab.jp

配車サービスとタクシー業界の関係から新技術を使った産業と古い産業の競争や、規制を緩和するべきかといった問題を再考する必要性を教えられた気がします。

個人的には現在私たちは人工知能や情報技術を使うことは配車サービスのみならず例えば中国のアリペイ(日常生活におけるほぼ全ての支払いが可能な電子マネー)など色々な産業により広く、より深く浸透していく時代の一番初期に生きていると思っています。

 

www.nhk-book.co.jp